西洋法制史のテキスト
みなさん、こんにちは。
個人的には鉛筆の書き心地を気に入ってます。
なので、未だによく鉛筆を使ってメモを取ったりしています。
どちらかというと、尖った芯よりは、少し丸みを帯びている芯の時の方の書き心地が好きです。
今時の小学生は鉛筆はもう使わないのでしょうか、気になるところです。
さて、今回は西洋法制史の参考書を紹介したいと思います。
書評ブログでも西洋法制史のテキスト等をまとめているものは滅多に見たことがありません。あまり需要がないのでしょうか。
私なりにまとめてみましたので、参考になれば幸いです。
前提
そもそも西洋法制史とはなんでしょうか。
読んで字の如く、西洋の法の歴史を研究する学問です。
具体的には(古代)ローマ法から始まり、中世フランス・ドイツの法、ローマ法の継受、近代法システムの完成までを扱っています。
入門書
西洋法制史を概観する手頃な入門書は今のところありません。
しかし、西洋法制史の根幹でもあるローマ法を知ることができる手頃な本ならあります。
イェーリング『権利のための闘争』です。
本書は19世紀ドイツの法学者イェーリングが「権利のための闘争」の重要性を説いた本です。法=権利の実現の重要性から、法学入門の教材とも使用されるとも聞きます。
これをあえて西洋法制史の参考書紹介で取り上げたのは、イェーリングが法=権利の性質について語るとき、ローマ法に立ち返っているからです。
もちろん、イェーリングの主張が必ずしも正しいわけではないのですが、ローマ法がどのようなものであったかを知る上で本書は有益です。
なお、本書の解説として訳者の村上淳一先生が『「権利のための闘争」を読む(岩波セミナーブックス)』を出されています。
時代背景や用語などの前提がなければ、『権利のための闘争』を十分に理解するのは難しいです。
その意味で、本書は『権利のための闘争』を読むのに必要な知識を丁寧に補ってくれます。
本書を読めば、より理解が深まると思います。
テキスト
西洋法制史のテキストといえば、勝田有恒ほか『概説 西洋法制史』です。
これを読めば西洋法制史の基本的な知識は身につくのではないでしょうか。参考文献も充実しているので、気になった箇所があれば深掘りもできると思います。
ただ、ぎっしり文章が書いてある上に、強調などがないために、読み通すことや要所を掴むことになかなか苦労します。
もっと勉強したい方向け
一昔前の西洋法制史の本といえば、碧海純一ほか『法学史』ではないでしょうか。
本書では、ローマ法学、中世ローマ法学、ドイツ法学、フランス法学、イギリス法学、アメリカ法学について書かれています。『概説 西洋法制史』とは異なり、国別で法学史が記述されている点が特徴です。
特にローマ法学について詳しく書かれているので、ローマ法学を概観したい方には向いていると思います。
絶版なので現在は入手困難な書です。古書店か図書館でご覧になるのが良いかと思います。
余談
西洋法制史に関係する手軽な本をただ列挙したいと思います。
1つ目に『決闘裁判』。
最近、増補版としてちくま学芸文庫で復活しました。
当時のヨーロッパで紛争処理手段「決闘」とはどのようなものだったか知る貴重な本です。
2つ目に『刑吏の社会史』。
刑法が実効力を持つために、刑吏の存在は欠かせない
では、その刑吏は中世ヨーロッパと現在で同じ存在だったのでしょうか。
阿部謹也に導かれて刑吏の社会史について考察してみませんか。
ではまた今度。
カール・シュミット『独裁』と関連本
みなさん、こんにちは。
パスタの種類にはカッペリーニ、フェデリーニ、スパゲッティーニがありますよね。
どの種類が、どのパスタソースに合うのか理解できていないので、未だに美味しいパスタを作れたことがありません。
今度こそ麺とソースを適合させたいところです。
さて、今回ご紹介するのはカール・シュミット『独裁』です。
カール・シュミットの著作を日本語で読もうと思うと、やはり未来社のものが入手しやすいかと思います。
ちなみに価格は税抜き2800円です。
最近は本も値上がりしてますので、数年後には価格が異なっているかもしれません。
ですので、適宜ご確認なさることをおすすめします。
独裁についてきちんと考えようとすると、シュミットの『独裁』は避けて通れません。
独裁考察の必読書です。
本書は、独裁の歴史、独裁がどのように言及されてきたか、独裁の概念それ自体について扱っています。
ポイント
本書の真髄は独裁の分析にあると思います。
シュミットは独裁を「委任独裁」と「主権独裁」の2つに分類しています。
「委任独裁」は、国家の危機を除去する目的で、一定の期間、権力が特定の人物・機関に委ねられるというものです。
その名の通り委ねられた独裁です。国家の危機を除去できた際(例外状態の終了)には、委任独裁も終了となります。
例えば、ローマ共和制やワイマール憲法58条は委任独裁に該当すると思われます。
また、最近の事例ではCOVID-19に際してのハンガリー政権が委任独裁の形態に近しいと考えられます。
他方で、「主権独裁」は、既存の秩序を除去する目的で、憲法制定権力者が新しい秩序を創設するというものです。
例えば、革命が主権独裁と結びつきます。
本書でシュミットは、主権独裁の例としてフランス革命を分析しています。
独裁の定義や政治的意味を明らかにした点で、本書によるシュミットの貢献は大きいと思います。
独裁がそもそもは忌避されるものではなく、国家を救う伝家の宝刀であることを明らかにしたのです。
検討
ここからはシュミットの独裁論について検討を行いたいと思います。
シュミットの独裁論は果たして現代においても適用可能なのかという疑問が生じます。
現代においても「独裁」自体は必ずしも否定されていません。
例えば、いくつか国の憲法には緊急事態条項が設けられています。緊急事態条項の仕組みは、一定の範囲、期間に限定して権力を集中させると言うものです。
これはシュミットの言うところの委任独裁と重なります。
問題なのは、委任独裁の終了の仕組みが正常に作用するのかと言う点です。
シュミットが提示したローマの例では、委任独裁を行った高潔な人物が、その高潔さ故に目標が達成された段階で権限を通常に戻すことがなされていました。
しかし、現代において高潔な(委任)独裁者というものは期待できるのでしょうか。権力者が公明正大、高潔であるに越したことはありません。
ただ、これが理想にすぎないことは否定できないと思います(みなさん自身で具体例をイメージしていただける幸いです)。
そのため、制度的に独裁者たる権力者を制限することが必要になります。
例えば、議会や第三者委員会が、委任独裁の終了を決定するということです。
次に問題になるのは、終了権限を持つ議会や第三者委員会は、独裁者と適切な距離を保てるのか、ということです。
そもそも、委任独裁を受ける人物は時の与党から輩出されるはずです。
緊急事態条項を例にとれば、首相や大統領に権力が集中します。
一般的には、首相や大統領の所属政党は、議会の多数派と一致します。
そうすると、終了権限を握る議会の多数派に、同じ政党に所属している(委任)独裁者を引きずり下ろすことを期待できるでしょうか。
違う政党に所属している場合と比較すれば、適切に委任独裁が終了する確率は低いと思われます。
もっとも、党内の主導権争いで権力者が引き摺り下ろされることは当然あると思います。
また、第三者委員会についても同様です。
人数を公正にするのであれば、政党・会派の大きさに関わらず、各政党・会派が同数の委員を任命する方法が考えられます。
例えば、どの政党も2人ずつ委員を出すことができる、とするものです。
しかし、この方法では議席が少ない政党・会派の主張が相対的に大きくなることになります。
委員会において民意が適切に反映されているのか疑問です。
かといって、各政党・会派の大きさに合わせて委員数を割り当てれば、議会の多数派が委員会の主導権を握ります。
結局、議会が終了権限を握った場合と大差ありません。
結局のところ、シュミットの独裁論を実際に適用するのは困難なのではないでしょうか。
参考
ちなみに、シュミットの他にも独裁に言及している人はいくらかいます。
まず、シュミットと立場を対にするハンス・ケルゼンです。
ケルゼンはシュミットの主張する独裁の決定力を否定しています。
むしろ議会による妥協の政治を擁護します。
この点について論じた『民主主義の本質と価値』は、ケルゼンの著作の中では入手しやすいものです。
その他には同時代のヘルマン・ヘラーです。
邦訳としては風行社の今井ほか訳『国家学の危機』があります。
ケルゼンの主張が議会制の擁護にあるのに対して、ヘラーの主張は独裁の批判にあります。
独裁について考える上でヘラーの主張は非常に参考になります。
現在の政治について、ヘラーの主張を当てはめてみても、得るところは多いと思います。
なお、翻訳は書店で入手しづらいので、図書館で探すことをお薦めします。
最後にクリントン・ロシターの『立憲独裁』です。
この本は、シュミット、ケルゼン、ヘラーの時代と比べると、最近の独裁を分析したものとなっています。
この本では、ワイマール、フランス、イギリス、アメリカの立憲独裁の例が紹介されています。
立憲独裁とは、民主主義の枠組みを維持したまま、一時的に独裁を認めるものです。シュミットの委任独裁に一見すると近しい概念です。
委任独裁と立憲独裁の比較分析をするのも面白そうです。
例外状態の政治や民主主義を考察するために、独裁の研究がもっと深まることを期待しています。
それではまた今度。
『憲法問題のソリューション』の紹介
みなさん、こんにちは。
先日、カラスがサンドイッチをくわえて飛び去っていくのを見かけました。
包装されたサンドイッチを、パクッとくわえるなり、空高く飛んでいってしまいました。
あっという間の出来事で私も唖然としてしまいました。カラスの恐るべき知性の高さを垣間見たという感じです。
さて、今回は市川正人ほか『憲法問題のソリューション』の紹介を行います。
この本のコンセプトとしては、新聞記事をもとに憲法問題を検討しようというものです。
構成は、事例の紹介、憲法問題の検討、解答の提示となっています。
立命館大学の教授らが主体となって執筆しています。
個人的な印象では、本を執筆される憲法学の先生方は都内に集中してらっしゃるような気がしますので、立命館大学の教授らによる共著というのは憲法学の本の中では珍しい気がします。
内容は最近の事例・ニュースを主に扱っています。
特に、ヘイトスピーチ、アーキテクチャ、臨時国会の不招集などの最新の分野はとても参考になります。
これらの話題は、論文集や雑誌などでしか見かけず、本書のような初学者向けの本でしっかりと議論されているものは貴重です。
気になる分野があれば、各論考についている参考文献をもとに深掘りしていくのがおすすめです。
レポート課題やゼミでの発表等に際しても役立つと思います。
司法試験対策のような本ではないので、気楽に読んで、自分なりのソリューションを考えてみるのが良いかと思います。
レベルとしては一通り憲法を勉強したことがある人向けです。
掲載されている事例は割と最近の論点ですので、「授業ではあまり扱わなかったけど、最近のこの論点気になっているんだよね」みたいな人にピッタリだと思います。
教科書はあくまでも今までの議論の整理ですので、最新の論点は別途参照することは重要だと思います。
参考
なお、憲法の教科書というと個人的には『憲法学読本(第3版)』をお薦めします。
本書では最新の議論や論点に言及されており、現在の憲法学がどこまで到達しているのか理解できます。
また、内容がコンパクトにまとまっていて、割と読み進めやすいです。
憲法の教科書などについては機会があれば網羅的に紹介したいと思います。
それではまた今度。
『政策リサーチ入門(増補版)』の紹介
みなさん、こんにちは。
先日、久しぶりに切符を買いました。
切符を改札機に入れた時の音や、ちょっとタイミングをおいてからスルッと切符が出てくる感じがとても久しぶりでした。
今では交通系ICカードが主流ですから、切符を使うことも使ってる方を目にするのもめっきり減りました。
「たまには切符もありかな」と思ったりしますが、
薄く小さいので、失くしていないか結構ソワソワします。
さて、今回は伊藤修一郎『政策リサーチ入門(増補版)』を紹介します。
本書は、政策分析を行うための手法や、発表の心得、政策分析の観点、などを学ぶためのものです。
巻末には、政策リサーチの手法を実際に使用した演習例が4題あります。
1人で政策分析を行うために必要となる手順や手法を本書で身につけることができます。
また、1人で政策リサーチの論文を書く際にどうすれば良いのかが説明されています。
政策リサーチの手順は、(1)問いを立てる、(2)仮説を立てる、(3)資料を集める、(4)仮説を検証する、(5)結果をまとめる、(6)政策提言につなげる、というものです。
一般的なレポート・論文の執筆とやってることは変わりません。
本書はあくまでも政策に関するレポート・論文を書くように特化したものと言えます。
本書の良いところは、仮説検証と政策手法の記述、実際の演習例の3つです。
まず、仮説検証の行い方が丁寧に記述されています。
政策を分析するにあたって、現状の政策が不十分であるなどの仮説を立てて検証することは重要です。
その際に、本書では、統計を用いた手法や、複数の事例を比較する手法、事例研究などが紹介されています。
読んだだけで実際に使いこなすのは難しいですが、仮説検証のレパートリーを知ることができる点で有益です。
また、政策手法の記述がそれなりに詳しいです。
政策手法とは、規制や補助金、情報公開などの政策を実現するための手法です。
政策手法の類型と論点が整理されている本はあまり見かけない点で本書は有益だと思います。
ただ、入門ということもあり、記述が易しいところがあります。
各手法についての記述が表面的にとどまるので物足りない感じはします。
最後に、実際の演習例の存在です。
正直なところ、本書を通読しただけで、すぐには政策リサーチに取り掛かるのは難しいと思います。
やはり、本書の内容が、実際のところどう役立っているのかが欲しいところです。
その点、本書では、巻末に実際の演習例が掲載されています。
自転車事故や景観保護の政策分析について、本書で学んだ政策リサーチの手法が実際に用いられています。
このパートを読めば、政策リサーチに関する指針が得られると思います。
参考
本書は政策分析を実際に行う上での手法を勉強するものでしたが、公共政策自体の知識を勉強するものとしては、秋吉貴雄ほか『公共政策学の基礎(第3版)』があります。
著者の伊藤修一郎さんが共著者ともなっています。
こちらも併せて読むと公共政策に関する理解が深まると思います。
別途紹介記事を書いていますので、そちらも参照いただければと思います。
moto-hougakuto-blog.hatenablog.com
ではまた今度。
『公共政策学の基礎(第3版)』の紹介
みなさん、こんにちは。
先日、プラモデルを購入したのですが、早速パーツを失くしました。
500円ほど払って新しい同型のパーツを手に入れることへ。
意外に割高な出費なので、今後はパーツの管理に一層気をつけたいものです…。
さて、今回は秋吉貴雄ほか『公共政策学の基礎(第3版)』を紹介します。
基本的な内容は公共政策学に関する知識の整理です。
公共政策学のテキストは少ないこともあり、本書のように最新の議論に対応している本は大変貴重です。
2020年に第3版が出ており、最新の政治状況や議論が反映されています。
公共政策学それ自体の定義や歴史から始まって、政策の設計や決定に関する知識、ガバナンスに関する知識が記述されています。
特に第5章の「公共政策の手段」は政策立案・分析の際に有用な知識が整理されています。
基本的には教科書ですので、淡々と公共政策学に関する知識が記述されてあります。
他の公共政策学のテキストと比べると、割と薄いので勉強しやすいと思います。
公共政策学に関する知識がてんこ盛りですので、知識の習得には何回か読み直すことが重要でだと思います。
また、実際の事例を分析する際に参照すると一層理解が深まると思います。
参考
ちなみに、著者の1人である秋吉先生は中公新書でも公共政策についての本を出されています。
中公新書から出ている『入門 公共政策学』です。
新書の『入門 公共政策学』は政策立案・分析に必要な知識がコンパクトにまとまっている印象を受けます。
実際、『公共政策学の基礎』で扱われてている公共政策学の歴史やガバナンスの手法について新書では言及されていません。
具体的な事例に即して記述されているので、
政策の立案・分析の知識に関しては、新書の方が理解しやすいかもしれません。
公共政策学に関心がある方は、まず新書の方からお読みなる方がいいと思います。
本格的に勉強されたい場合には教科書へステップされることをお勧めします。
関連
政策立案に特化した本として、ユージン・バーダック『政策立案の技法(第2版)』があります。
政策立案のマニュアル本のようなものです。
日本では本書のような政策立案のマニュアル本はなく、かろうじて京都大学公共政策大学院に似たような論文があるのみです。
日本の中央省庁においても政策作りのノウハウはあるはずなのに、なぜ広く共有しようとしないのか謎です(公共政策大学院も然り)。
『公共政策学の基礎』を通読した上で本書を読めば、実際に政策立案・分析する際に必要な知識や手法が身につくのではと思います。
それではまた今度。
ミクロ経済学のテキスト
みなさん、こんにちは。
ここ最近、ガシャポンが高級品化していることに驚きと寂しさを感じます。
ほんの10年前は100円、200円でガシャポンを購入することができたと思います。
今は300円、500円の商品を多く見かけます。製品それ自体の原材料の高騰もありますが、何よりもガシャポンのターゲットが大人になっていることが原因であるように思います。
安価に買えたはずのガシャポンが高級志向へとシフトしている模様です。
さて、今回はミクロ経済学のテキストを紹介したいと思います。
私自身は法学部出身で経済学の講義をとったことがありません。
また、高校では数II Bまでしかやっておらず、微積の応用や行列については知識がありません。そんな私ですが、必要に迫られて経済学の勉強をしてきました。
今回は、経済学の中でもミクロ経済学について扱います。
独学の際にどのようなテキストを用いてきたかご紹介したいと思います。
初級
何事も薄いテキストで分野全体を見渡すことが重要です。
私が最初に使ったのは安藤至大『ミクロ経済学の第一歩(新版)』です。
本書の特徴は難しい数式抜きでミクロ経済学に入門できる点です。
しかし、初心者にとって、数式による説明はハードルが高いものです。
本書では、文章とイラストによって、ミクロ経済学の全体像を見渡すことが可能です。
論点についても一通り網羅されているので、初心者の方がミクロ経済学を概観するのにうってつけだと思います。
初中級の架け橋(経済数学)
ミクロ経済学を概観するだけであれば『ミクロ経済学の第一歩』でこと足りると思います。もっと事例が知りたい場合には、マンキューのミクロ経済学を使うことをおすすめします(ただマンキューはかなり分厚いので読み切るのは大変です…)。
しかし、ミクロ経済学の中級に進もうと思うとき経済数学は避けて通れません。
初級の本を読みながら、同時に経済数学の力を身につけることをおすすめします。
使用した参考書は尾山大輔ほか『経済学で出る数学(改訂版)』です。
1次関数や2次関数といった比較的簡単な部分から始まり、微積や偏微分などを学んでいきます。最終的(第7章)には制約付き最大化問題の解法である「ラグランジュの未定乗数法」を学びます。
ただの数学の参考書ではありません。
随所に経済学と関連して問題が設定されているため、より実践的な経済数学の書となっています。
なお、8章以降は上級者向けとのことで、計量経済学やマクロ経済学に必要となる数学を扱います。
ミクロ経済学の中級まで勉強したいという人は、とりあえず第7章まで勉強することをおすすめします。
中級
ミクロ経済学の中級を学ぶには『ミクロ経済学の力』を用います。
500ページ超となかなか分厚いですが、フォントが大きいので分量は決して多いわけではありません。
『経済学で出る数学』で経済数学を勉強しておけば、ついていけるレベルだと思います。
前半では、限界効用、最適消費、一般均衡モデルについて深く学んでいきます。
後半では、ゲーム理論について深く学んでいきます。
本書の特筆すべき点は、理論を実際の事例に当てはめて実証している点です。ミクロ経済学が現実社会においても有用であることが実際に理解できると思います。
なお、本書には関連して、『ミクロ経済学の技』という演習書があります。
余力がある方は、活用してみるのもいいかもしれません。無理に演習書まで手を広げず、しっかりと『ミクロ経済学の力』を復習することの方が大事だと思います。
余談 初中級
初中級の本として芦屋政浩『ミクロ経済学』があります。
本書は、初中級の内容がコンパクトにまとまっていて有用です。練習問題は公務員試験の改題が用いられており、練習問題としてはちょうどいい難易度です。
文章と数式の両方が多用されています。なので、初心者としては文章でミクロ経済学を理解できるだけでなく、数式を用いての精緻な理解が可能です。
ただし、『ミクロ経済学の力』で使うような数式も出てくるので、完全に初心者向けというわけではありません。
やはり、『経済学に出る数学』と同時並行でやるのがいいと思います。
また、テキストの記述が単調かつ簡素なので、独学が難しい面もあるかもしれません。
以上がミクロ経済学の勉強で使用したテキストです。
ではまた今度。
カール・シュミット『政治的なものの概念』を読んで
みなさん、こんにちは。
今回は政治哲学を取り上げたいと思います。
今回は、カール・シュミットの『政治的なものの概念』を取り扱います。
私が読んだのは、未来社から出版されている田中浩・原田武雄訳版です。
カール・シュミットを日本語訳で読む際に困るのは訳書の種類が乏しいことです。
ほぼ未来社からしか訳書が出ていません(一部の訳書は岩波文庫、もしくは、後で紹介する中公文庫からも出ています)。
さらに、訳書が文庫化されていないので割と値が張るのは特に悩みどころです。
最近、ジョン・ロールズの『政治的リベラリズム』の増補版が出ていましたが、7000円近い値段でした。同著者の『正義論』なんて8000円超です。
そこまでいかなくても、大体の単行本の訳書は3000円〜4000円程度が相場なイメージはあります。
購入して勉強したいという学生にとっては負担が大きいです…。
そんなお高めの訳書の中でも『政治的なものの概念』は入手しやすい方です。
中公文庫からは『政治の本質』という本にヴェーバーと共に収録されています。
もっとも、訳者解説にもあるように、シュミットの部分は清水幾太郎が訳しているわけではありません。
その上、一部で訳が適当でない部分もあるとのことです。
「厳密な正確さは問わないが、とりあえずシュミットを読んでみたい!」という方におすすめです。
なお最近、岩波文庫から権左武志さんの訳が出たようです。
さて、カール・シュミットとは20世紀に活躍した公法学者です。
政治学と法学について様々な著作を発表しています。
シュミットはナチス・ドイツに協力していたことも知られています。
概略
『政治的なものの概念』の主張は概ね次の文章に要約されます。
政治の本質は、友・敵の区分を持つことにある。
友・敵の区分がなくなれば、政治そのものも無くなってしまう。
気になる点
正直シュミットの理論の分析は、本ブログでは手に負えません。
具体的な内容の分析はすっ飛ばして、早速、疑問点について移りましょう。
私が疑問に思うのは、政治の本質は”本当に”友・敵の区分なのか?ということです。
シュミットは、政治の本質がなぜ友敵にあるのかをほぼ説明していません(なぜ、”ほぼ”かというと、単に私が見落としている可能性もあるからです…)。
私は政治の本質なるものを捉えた経験もありませんし、この先も政治の本質を掴むことはないと思います。
仮に公法学者に「政治の本質とは〇〇である」と言われれば、否定することはできないと思います。
なぜなら、私自身が、政治の本質について全く無知であるからです。
しかし、本質がなんであるかを検証するのは困難ではないのでしょうか。
百歩譲って、シュミット(お偉い先生)の主張が反証に耐えて、政治の本質が友・敵の区分にあったとしましょう。
私には政治には友・敵の区分が必要ない場面が見られたとしても、それは私が政治の本質を誤って認識していたわけです。
しかし、次に問題なのは、政治の本質がわかったとしても、それが何を意味するのか?ということです。
シュミットによれば、政治の本質的な概念は友・敵の区分を設け、その人格を賭けた対立・闘争にあるとされます。
このような本質論を、現実の政治の状況に適用していくことにはどのような意味があるのでしょうか。
政治の本質に関わらず、政治なるものは多くの国で成り立っています。
友敵のような分断がなくとも政治は成り立っています。
つまり、友敵抜きに成り立っている政治に対して、「政治の本質は友敵である」ということは、すれ違っているように思われます。
これは、言葉の用法の移り変わりに似た部分があると思います。
時代が進むとともに、言葉の用法や意味が変わってしまってることがあります。
「〇〇の正しい意味は〇〇です」とか「正しい用法は〇〇です」などの言説は巷に溢れかえっています(とは言っても、最近はそのブームも下火な気がします)。
今を生きる私たちにとって重要なのは、その言葉が今どのように用いられており、今、何を意味しているかです。
昔、何が正しいとされていたか、元はどういう意味だったか(本質論)という議論は有効ではありません。
もちろん、本質論を否定しているわけではありません。私が言いたいのは、当該本質論抜きでも成り立つ状況に、それでも本質論を持ち出すことに違和感を感じているこということです。
そういう意味ではこのブログはプラグマティズム的な立場に立っているかもしれません。
シュミットの主張についても同様です。政治の本質が何であるかは確かに重要かもしれません。
しかし、現在の政治が本質論とは無関係に成り立っているのであれば、今更、本質論を唱えることはすれ違っているようの思われます。
私たちにとっては、政治が”現在”どういう意味を持つのか、ということの方が重要です。
例えていうならば、分断をもたらすような「友敵理論」が政治の本質であると主張することは、号泣の意味とは「大声をあげて泣くこと」であると主張していくようなものです。
号泣が「ただ大泣きすること」を指している状況で、号泣の本来的な意味を主張していくことはズレている気がします。
というのが、私のシュミットの疑問であると同時に、私がシュミットの理解に躓いている点です。
シュミットの主張は断定が多く、根拠が合理的に述べられていないことも輪をかけて問題を難しくしています。
と、書いてみたのですが、シュミットの友敵理論の話というより、本質主義への懐疑になってしまった気もします。
そうするとローティの『偶然性・アイロニー・連帯』を取り上げた方が良かったかもしれません。
参考
参考までにシュミットの入門書を紹介しておきたいと思います。
中公新書の方は割と最近でたものです。コンパクトにシュミットの主張がまとまっています。
一方で、仲正昌樹の方は、講義を元にした入門書となっています。ただ、余談が多かったりするので、好みが分かれるかもしれません。
私自身は、中公新書の方を主に参考にしています。
シュミットの言葉を借りればコロナ禍は例外状態と称されるはずです。
最近のシュミットに関する本の出版の動きは、コロナ禍と例外状態を紐づける発想からきていることが伺われます。
もっとも、コロナ禍も終息してシュミットの言うところの例外状態は終焉を迎えています。
この動きとともにシュミットの意義は再び忘れさられてしまうのでしょうか…。
ではまた今度。

















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